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H-IIAロケット

僕にはかねてよりどうしても生で見てみたいイベントがありました。それは、ずばり「日本の」ロケットの打上げです。国際宇宙大学に参加していたときにアメリカでスペースシャトルの打上げ(STS-94)を見たのですが、そのとき目にした「光の矢」の印象と音の迫力が忘れられず、是非国産ロケットの打上げも見たいものだと願っていました。

実際、宇宙業界に身を置いていた時分、幸いにして出張でH-IIロケット(以下「H-II」と略記)の打上げ(6号機)を見に行く(もちろん仕事として、ですよ)機会に恵まれたのですが、そのときは延期に次ぐ延期で見れずじまいで種子島を後にしていたのでした。

H-IIは純国産の非常に高い技術レベルでもって製造されたロケットでしたが、その後5号機8号機と連続して衛星の打上げに失敗。宇宙輸送手段の将来像はおろか日本の宇宙開発の存続そのものが危ぶまれる中、宇宙開発事業団(以下「NASDA」と略記)は7号機の打上げを中止、次期主力ロケットであるH-IIAロケット(以下「H-IIA」と略記)の開発に注力してきました。

そして万難を排して設定された打上げ予定日は2001年8月25日(2001年7月4日発表)。日本の今後の宇宙開発にとって重要なマイルストーンとなるであろうこのH-IIA試験機1号機の打上げを生で見ずにはいられないと思い立ち、会社を休職(別にロケット見るだけが理由ではないですが)。

残念ながら直前になって8月29日への打上げ日延期が決定されましたが、当初の予定通り8月23日に家を出てANA621便で鹿児島へ。そこで1泊して翌日トッピーで種子島に向かい、西之表から宿(旅館「きく」)のある上中までは自転車で移動(車の免許持ってないから)。部屋にこもってノートパソコンに向かい、一部継続していた仕事をしながら打上げを待つことに。

打上げ当日は報道として種子島宇宙センターに立ち入ることができました。(プレスツアーの申込みには間に合いませんでしたが。)当日午前4時前に来る様言われていましたが、移動手段が自転車の僕は前日のうちに夕食を急いで食べ終えてからセンターに向かい、夜7時半頃から読書で徹夜しつつ打上げ予定時刻の翌日午後1時を待つことにしました。

以下、時系列でイベント等を書き記します。

2001/8/28

21:30 天気の状況を知らせる放送が。翌日午前3時までは降雨無し、機体移動時にも雨は降らない模様。3時以降天候は下り坂で4時〜9時の間には10mm程度の降雨が見込まれ、それ以降は小康状態となり日差しもみられるだろうとのこと。
22:40 天気の状況を知らせる放送。竹崎で1〜2mmの降雨、H-IIA射点では降らないものと見込まれるとのこと。
23:48 竹崎地区の電源を2分後に切り替える旨放送。

2001/8/29

00:02 「機体移動作業を開始してください」との放送。
00:40 射点での降雨について、0.5〜1mm程度とのお知らせの放送。瞬間的には3.5mmで、弱いながらも断続的に降り続く模様とのこと。
01:04 プレスツアーの注意事項の放送開始。01:20にはバスに搭乗するとのこと。(その後バスの出発は射場での作業の遅れに伴い01:40に変更)
01:48 VAB(大型ロケット組立て棟)前面扉開放作業開始の放送。
02:36 機体移動作業開始の放送。
05:08 控え室で同室のプレスツアー参加者が竹崎観望台に戻ってきました。
05:30 だいぶ夜が明けてきました。H-IIAも肉眼で見ることができます。
05:44 06:00総員退避(射点より半径3km範囲内の封鎖)の準備の放送。
06:33 控え室で同室だった方が雲の間に虹?の断片を見つけました。これは吉兆か?
08:25 控え室で同室の方よりi-mode情報、「燃料充填開始が決定」とのこと。
08:39 間もなく射座周辺400m範囲内の立入禁止を行う旨放送。
08:50 射座周辺400m範囲内の立入禁止を実施する旨放送。
08:53 射点より半径3km範囲内の立入禁止を知らせる放送。09:05までに退出完了するように、とのこと。
08:58 ターミナルカウントダウン作業開始を知らせる放送。
10:50 射点より半径3km範囲内の総員退避間もなくとの放送。
11:00 経過説明記者会見が竹崎観望台4Fで開かれました。配布されたのはプリントが1枚。ほとんどが処置完了済みであるものの3点のトラブルが発生、作業に遅れが発生しており打上げ目標時刻を13:00より16:00に延期する旨発表。
11:40 予冷が完了したとの知らせがi-modeに。
11:56 総員退避が完了したとの知らせがi-modeに。
12:12 12:00時点での気象状況に関する放送。重層の雲が高度400〜3500mにわたって広がっており、今夜〜明日、明後日にかけては気圧の谷の影響から天候は下り坂で雨は降り易くなるとのこと。16時までの降雨や雷は見込まれないとのこと。
13:41 電波系点検作業が完了したとの知らせがi-modeに。
14:16 カウントダウン作業開始、打上げ予定時刻を16:00に設定したとの知らせがi-modeに。
14:19 燃料充填に関する資料(プリント1枚)が配布されました。
15:00 待ちきれず、ヘルメットの借り竹崎観望台の屋上、プレス専用のエリアへ移動。空は既に晴れ渡り暑かったのですが、そこで打上げまでじっと待つことに。
15:30 射場安全班より放送、スプリンクラー散水を開始とのこと。肉眼でも確認。
15:40 散水は止まったように見えました。とても緊張してトイレに行きたい気分もするが気のせいということに。とにかく眺めは抜群によく海が綺麗。階下にはVIP専用観望所に文部科学大臣の姿が見え、自分の後ろには階段状のプレスエリアにカメラの放列が確認できます。
15:45 打上げを16:00に行うことが確定、日英同時対訳によるNASDA放送が流れ始めました。あとは打上げ成功を祈りながらただただじっとその瞬間を待つことに。
16:00 打上げ!やや時間を置いて「バリバリ」というあの打上げに特徴的な音が届きました。シャトルの打上げを見たときは射点から8km離れていたのに対し今回は3kmの距離だったにも係わらず、風向きの影響からか音はさほどでもないように感じられました。(残念)

打上げ直後

まっすぐにH-IIAが飛んでいき、自分はただ感動しつつ、たまにカメラのシャッターを押し、そして何のトラブルも起こりませんようにと祈りながら、「光の矢」の先端を必死で目で追いました。

その後、射点近くに残っていた煙が風に運び去られ、またロケットも肉眼ではまったく見ることができなくなりました。これまでのところ打上げ後の経過は非常に順調に思えましたが、LRE(レーザ測距装置)が分離される瞬間までは気が抜けません。

竹崎観望台3Fのプレスルームに行き、NASDA放送を見ることに。元つくば宇宙センター長の菊山氏が解説しており、搭載カメラによるSRB-A(固体燃料ロケット)分離や第2段燃料タンク内部の液面、そしてついにはLRE分離の瞬間の映像まで目にすることができました。とたんに報道陣の中からも拍手が沸き、中にはNASDA職員に握手を求める人も。

ブロックハウス(大型ロケット発射管制棟)内部からの中継映像も入り、山之内NASDA理事長も周囲に手を振りとても嬉しそう。このとき映った、理事長のいた席のバックに掲げられた「平常心」と書かれた大きな書画が気になりました。

打上げから約1時間半後、竹崎観望台4Fで打上げ後経過報告記者会見が開催されました。発表文が配布され、山之内NASDA理事長、遠山文部科学大臣、井口雅一宇宙開発委員会委員長より報告と挨拶があった後、報道陣との質疑応答。種子島だけではなく、NASDA本社@浜松町、つくば宇宙センターからも質問が相次ぎました。

質疑応答の内容は宇宙作家クラブニュース掲示板に詳しいのでそちらに譲ります。個人的に印象に残った山之内NASDA理事長からの話を挙げれば、氏にとって打上げが68年間の人生の中でもっとも緊張した瞬間であったこと、成功の原点とは(過去の)失敗の原因をひとつひとつ確実につぶすことにあること、今回の打上げに際してはスケジュールよりも信頼性に優先度を置いたこと、今後NASDAとしては「ミニNASA」からの脱却を図りたいと考えていること。

8月25日が29日になり、また29日の午後1時の予定が午後4時へと延期になったことについては「全く許容範囲内である」と考えていること、現在のロケットは100年前の鉄道に喩えられること、H-IIロケット8号機以来1年9ヶ月に渡り打上げが全く行われなかったことについては「モデルチェンジにそれ相当の時間が必要であった」こと、「宇宙に行きたいと思うか」との質問に対し自分はそうは思わないものの、日本の技術で人を宇宙まで運べたらいいと思う、云々。

その後技術関係の記者会見もあったのですが、既に時間が遅くだいぶ暗くなりつつあり、自転車で宿まで帰らなければならない僕は後ろ髪を引かれる思いで退席、帰路につきました。ただ、気分的には非常に満ち足りた気分ではありました…あの真っ直ぐの白煙を目に焼き付けることができて。

今回の打上げは、ロケットエンジンの心臓部ともいうべきインデューサが新規設計のものではないことや、再三にわたる開発スケジュール延長の代償として信頼性を確保してきたこともあり、見方によっては「当たり前過ぎた」打上げ成功だったかも知れません。

むしろ、打上げ当日になって人為的なミス(宇宙開発委員会への9月5日付報告資料より)により打上げ予定時刻が遅れたり、後日判明したことですが地上管制が1系統故障していたこと、さらにはその事実が打上げ直後の記者会見で明かされなかったこと等を考えれば、手放しで喜べない部分が(残念ながら)個人的には気になります。

がしかし、国内の宇宙3機関統合に伴う全体規模の縮小が懸念されるなどする中で「日本の」宇宙開発が前向きかつ着実な次の一歩を踏み出せるためには今回の成功は不可欠な要素であったと思いますし、また今回の成功がマスコミによって大きく取り上げられたことにより、過去の失敗ゆえ社会から比較的冷ややかな目を向けられていた宇宙開発が再び活気を取り戻す可能性を残せたことには、大きな意味があると思います。

そういう意味では、素直に成功を喜ぶべきでしょうし、と同時に次回試験機2号機の打上げに対しても今回同様注視していく必要があるでしょう。不景気が続く日本では特に、未来への先行投資たる宇宙開発は苦しい立場に置かれていますが、安易な「All or Nothing」などという議論は既に遠い過去のものです。いろんな意味での「バランス」を取りながら、社会やTax Payerと歩調を合わせつつ、更に日本の宇宙開発が発展してゆくことを願って止みません。

末筆ながら今回の取材活動にあたりご協力いただいた関係各位に深く感謝します。

H-IIロケットの模型を前にした筆者

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